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大阪地方裁判所 昭和49年(タ)272号 判決 1976年10月19日

判決

原告

甲花子

仮名

右訴訟代理人

野沢清

外一名

被告

乙一郎

仮名

右訴訟代理人

佐賀義人

外一名

主文

一、原告と被告とは夫婦でないこと確認する。

二、被告は原告との間の子春子<仮名>及び秋子<仮名>に対し親権を有しないことを確認する。

三、被告は原告に対し春子及び秋子を引渡せ。

四、被告は原告に対し金一〇〇万円及びこれに対する昭和五〇年四月五日以降完済に至るまでの年五分による金員を支払え。

五、訴訟費用は被告の負担とする。

事実《省略》

理由

一まず夫婦関係不存在確認、親権不存在確認並びに子の引渡請求について判断する。

1  <証拠>を綜合すると、

原告と被告は、共に本籍を表記肩書地にもつ韓国人であるが、日本に居住中の昭和四二年六月二二日頃見合の上事実上の夫婦生活に入つた。そして原、被告間に同四五年一〇月三日春子、同四七年二月一六日秋子が各出生した。

原、被告は同四三年一一月一八日同人らの婚姻届を、同四五年一〇月一二日春子の出生届を、同四七年二月二九日秋子の出生届を、いずれも居住地の大阪市淀川区長に対し提出したが、被告は、国籍は朝鮮であつて韓国ではないから韓国に対する届出はしないとの意思により、本国である韓国に対しては婚姻届並びに子の出生届をしていない。

以上の事実を認めることができる。

右認定に反する証拠はない。

而して韓国民法八一二条によれば、婚姻は戸籍法の定めるところにより届出することによつて効力を生ずるものとしているから、韓国人たるべき原、被告らは共に韓国戸籍管掌者に対し届出をしてはじめて両者の婚姻が成立するものといわなければならない。ただ前記認定の事実によれば原、被告らはその居住地の大阪市淀川区長に対し婚姻届を提出しているけれども、それが韓国の戸籍管掌者に対する届出になるものでないことは論を待たないところであるし、本件被告の如く本国に対し婚姻届をする意思のない場合は、韓国民法においても婚姻成立の実質的要件を欠くものとして婚姻の成立を否定されるものと解されるから、我国の法例一三条一項但書によつて、婚姻が成立したとみなされる余地も存しないところである。

よつて原、被告間の婚姻は成立しておらず、原、被告は法律上の夫婦でないというべきであるから、これが確認を求める原告の請求は理由がある。

2  而して以上の事実によると、原、被告間の子春子及び秋子はともに原、被告の非嫡出子であるというべきところ、被告は韓国の戸籍管掌者に対し出生届をする意思がなくこれが届出をしていないし、他に被告において右子らを認知したと認め得べき証拠もないので、右子らは被告の戸籍に入つていないものと推認するに難くないところである。然らば右子らの親権者は韓国民法九〇九条三項により生母である原告と云わざるを得ない。

よつて、被告が原、被告間の子春子及び秋子に対し親権を有しないことの確認を求める原告の請求は正当である。

3  <証拠>によると、右春子及び秋子は現に被告の訴に留まつていることが認められるところ、前示の如く右子らに対する親権は被告にはなく、原告にあるから、親権に基き右子らの引渡を求める原告の請求は理由がある。

二次ぎに慰藉料請求について判断する。

<証拠>を綜合すると、

1  被告は原告と事実上夫婦となつた当初運送業をしていたが、昭和四四年二月頃から大阪市東淀川区瑞光通でホルモン焼を始め、同四七年五月頃からさらにスナツクバーをも兼営するようになつた。その頃被告はスナツクの従業員として丙野夏子<仮名>を雇入れ、同建物の二階に住まわせるようになつたところ、間もなく同女と情交関係を結び、同四八年二月頃まで右関係を継続した。原告はその間同一建物内に住んでいた関係で精神的に大きな苦しみを味つた。

2  被告は昭和四七年一〇月頃から覚醒剤を常用しはじめ、次第に幻覚症状を呈するようになつた。そして被告は同四八年二月頃から原告に対し「男がいる」といつてアイクチ様の刃物で脅したり、寒夜に戸外へ放り出したり、覚醒剤をかくしているだろうと云つて原告を裸にしたり、殴打したりなどし、同年九月頃には肉切包丁で原告の左肩門を刺し、原告をして病院で傷口を縫わしめる程の傷害を負わせた。またその頃被告は原告に無理矢理覚醒剤を注射したりもした。

3  被告の右のような傾向は次第に亢進し、同年九月末頃には原告は外出はおろか、屋内で便所にも自由にいけない位被告による拘束を受けるようになつていたところ、同年一〇月六日の夜中に帰宅した被告は、原告に対し「浮気をしただろう、相手の男を出せ」とからみ、原告が浮気をしていないと答えると、怒つて原告を雨中にも拘らず戸外へ放り出した。原告はここに至り被告との内縁生活に絶望し、被告と別れる意思で実家に帰り、爾来現在まで別居生活が続いている。

以上の事実を認めることができる。<証拠排斥>

右事実によると、被告は原告と事実上の夫婦生活に入つて以後、他の女性と情交関係を結んだばかりでなく同女を原告と同一建物内に居住させて原告を精神的に苦しめ、さらに覚醒剤を常用して幻覚症状をおこし、原告に対し男ができたといつては責め傷害を負わせる程度の暴行にまでおよび、原告をして被告との内縁関係継続を断念せしむるのやむなきに至らしめたもので、原告は被告の右不法行為により精神的に最大の苦痛を蒙つたものと認めることができるので、被告は原告に対しこれが損害賠償責任を負担するものというべきである。

而して右損害賠償額については、以上認定の諸般の事情を勘案し、金一〇〇万円を以つて相当と判断する。

然らば被告に対し慰藉料金一〇〇万円及びこれに対する右支払を求めた準備書面が被告に送達された日の翌日たることの記録上明らかな昭和五〇年四月五日以降完済に至るまでの民法所定年五分による遅延損害金の支払を求める原告の請求は理由がある。

三よつて原告の主たる請求はすべてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し、なお仮執行宣言はこれを付さないのを相当と認めて同申立を却下することとし、主文のとおり判決する。

(安国種彦)

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